剰余群と準同型定理

はじめまして!数学科B2の「じふ」と申します。自分が所属しているサークルの企画として記事を書くことになりました。
今回は群論の重要な定理である「準同型定理」のお気持ちを「剰余群」の概念と絡めて理解していくという内容になります。
初めてのはてなブログTeXも1年近く触っていなかったので拙い記事となるかもしれませんが最後まで読んでいただければ幸いです。

剰余類

まずは群を考えるうえで非常に重要な
「剰余類」を定義します。

定義1
 H Gの部分群とする。このとき Gの元 xに対して
 xH=\left\{xh  | h\in{H} \right\} x Hによる左剰余類と呼ぶ。*1
 Gの元の Hによる左剰余類全体の集合を G/Hと表します。 G/H Gのある元による左剰余類をまとめて1つの元とみなしていることに注意してください。
このとき次の定理が成り立ちます。*2
定理1
 Gの元   x, yに対し
 xH=yH\iff x^{-1}y\in{H}
あんまり記事を長くしたくないのでこの定理の証明は割愛させていただきます。*3

正規部分群と剰余群

 G/Hという新しい集合を考えましたが、今は群論をやっているので、集合を考えたらそれを群として取り扱いたいです。集合を群として取り扱うためには演算が必要ですね。 G/Hの元は左剰余類なので、左剰余類についての演算を以下のように定義することを考えます。

定義2
 g,h\in{G},  N Gの部分群とする。このとき
 (gN)(hN)=(gh)N
実は、この定義は定義として不十分です。
定理1で示したように Gの元としては異なる元であっても剰余類にしたら同じものになる場合があります。よって、 gN=g'N, hN=h'Nとなるような g', h'を取ってきたときにちゃんと ghN=g'h'Nとなっているかどうかを確かめなければなりません。これはwell-definedと呼ばれる概念です。*4
この演算は、Nが「正規部分群」であるときにwell-definedとなります。
正規部分群の定義を以下に述べます。
定義3
 N G正規部分群であるとは
 N Gの部分群であり、 N,Gの任意の元 n,gに対し gng^{-1} \in{N}
が成立することである。このとき N\triangleleft Gとかく。
 N\triangleleft Gのとき定義2の演算がwell-definedとなることの証明
 gN=g'N, hN=h'Nとなるような g, h, g', h'\in{G}をとる。このとき (gh)^{-1}(g'h')\in{N}がいえれば定理1より ghN=g'h'Nが従う。
 (gh)^{-1}(g'h')\in{N}=h^{-1}g^{-1}g'h'で、 gH=g'Hより g^{-1}g'\in{N}だから g^{-1}g'=n\in{N}とかけて、 N\triangleleft G h^{-1}h'\in{N}より
 h^{-1}nh'=h^{-1}nhh^{-1}h'\in{N}
よって (gh)^{-1}(g'h')\in{N}
すなわち ghN=g'h'N (証明終)

 N\triangleleft Gのとき、左剰余類の集合 G/Nは上の演算について群となることを確かめてみてください。*5
この群を単に「剰余群」と呼びます。
剰余群の例を見てみましょう。

 G=C-\left\{0\right\}( Cから0を抜いたもの)、 N=\left\{z |  |z|=1\right\}とします。このとき G, Nはともに乗法に関して群となります。そして N\triangleleft Gが成立します。*6
このとき G/Nの元がどのようなものかを考えてみましょう。
まず、 G/N Gの元の Nによる左剰余類全体の集合なのでその元は g\in{G}を用いて gNと表されます。ここで定理1を用いると
 gN=hN \iff g^{-1}h\in{N}となりますが、 g^{-1}とはこの場合 gの逆数のことで、 g^{-1}h\in{N}とは g^{-1}hの絶対値が1になる、すなわち |g|=|h|ということです。まとめると、 gN=hN \iff |g|=|h| つまり、
 G/N偏角の違いは無視して絶対値が等しい0以外の複素数を全て1つの元としてまとめた群となります。ここでとても強引な推測をします。偏角の違いは無視...ってこれって0以外の実数の群とほぼ同じと考えられないでしょうか?実はこの考え方は正しく以下が成立します。
 G/N\cong\mathbb{R} -\left\{0\right\}
いきなり \congという記号が出てきましたが、これは「同型」を意味しています。

準同型定理

改めて準同型、同型の定義を以下に述べます。

定義4
 G, Hを群とする。このとき任意のx, y\in{G}について写像  f: G→H
 f(xy)=f(x) f(y)
を満たすとき f準同型写像と呼ぶ。
また、全単射準同型写像のことを同型写像と呼び、 G, Hの間に同型写像が存在するとき G H同型であるといい G\cong Hと書く。
準同型とは簡単に言えば
「群の演算と写像が可換」ということを意味しています。剰余群の例として上に挙げた Gから Nへの写像 f: z\mapsto\frac{z}{|z|}が準同型であることを確認してみてください。
準同型写像について以下の事実が成立します。
補題1
 G, Hを群とする。 f: G→H準同型写像であるとき,
 \textrm{Ker} f\triangleleft G
証明
 G, H単位元をそれぞれ e, e'とする。
 f準同型写像のとき、
 f(e)f(e)=f(e)より f(e)=e'であり、これより
 f(x)f(x^{-1})=f(xx^{-1})=f(e)=e'
 f(x^{-1})f(x)=f(x^{-1}x)=f(e)=e'
だから f(x)^{-1}=f(x^{-1})が成立する。よって、
任意の x\in{\textrm{Ker} f}について f(x^{-1})=f(x)^{-1}=e'より x^{-1}\in{\textrm{Ker}f}
また、任意の x, y\in{\textrm{Ker}f}について f(xy)=f(x)f(y)=eより xy\in{\textrm{Ker}f}
以上より \textrm{Ker} f Gの部分群である。
また、任意の g\in{G}, n\in{\textrm{Ker} f}について
 \begin{eqnarray}
f(gng^{-1}) &=& f(g)f(n)f(g^{-1}) \\
  &=& f(g)f(g^{-1})\\
 &=& e'
\end{eqnarray}
より、 gng^{-1}\in{\textrm{Ker} f}
以上より \textrm{Ker} f\triangleleft G (証明終)

2つの群が同型であるとき、2つの群は群としての性質が一致します(たとえば可換群と同型な群は必ず可換群です*7)。よって、ある群と同型な群を見つけるということは数学的にとても意義のあることになります。
準同型と同型について軽く説明したところで、最後に以下の定理を紹介します。

定理2: 準同型定理
 G, Hを群とする。 f: G→H準同型写像であるとき,
 G/\textrm{Ker}f \cong \textrm{Im}f
(※)補題1より \textrm{Ker}f\triangleleft Gが成立するので G/\textrm{Ker}fは群になっています。また、 \textrm{Im}f Hの部分群です。(証明略)
この定理を詳しく証明することはせず、お気持ちだけを話します。
この定理が言ってることは「準同型があれば同型が作れるよ!」ということです。
 \textrm{Ker}f \textrm{Im}fが出てくる理由を理解すればこの定理をスッキリ頭に入れることができます。
準同型写像が既に存在するので、そこから同型写像を作るには全単射を作ればいいです。
そこで、写像の終域を \textrm{Im}fにすることで全射にしています。これは想像しやすいですね。
重要なのは \textrm{Ker}の出てくる理由です。 fは一般には単射ではないので、 \textrm{Im} fのある元 yを取ってきたとき、 fによってそこに飛ぶような Gの元は複数存在すると考えられます。
イメージ図を下に示します。

あるyに行くGの元の集まりを同じ色で塗りつぶして表しています。
ここで「同じ色で塗った部分を1つの元としてみれば単射になる」ということに気づきましたでしょうか?
そして剰余群の例にもあったように、剰余群とは「ある”関係”を満たす元を1つの元としてまとめた」群です。勘の良い方はもうお気づきでしょう。この同じ色で塗った部分こそが G/\textrm{Ker}fの元なのです。これアツくないですか。最後にこれを補題として確認して終わりにします。同じ色で塗りつぶした部分は y fによる逆像、すなわち f^{-1}(y)といえますね。(一般には逆写像ではなく逆像であることに注意してください)。
補題2
 G, Hを群とする。 f: G→H準同型写像であるとき,
すべての y\in{\textrm{Im}f}に対しある x\in{G}が存在して
 f^{-1}(y)=x\textrm{Ker}f
証明
 y\in{\textrm{Im} f}について f(x)=yとなる x\in{G}は必ず存在するのでその xを用いる。
まずは f^{-1}(y)\supset x\textrm{Ker}fを示す。
任意の x\textrm{Ker} fの元は \textrm{Ker} fのある元 nを用いて xnと表せる。
 \begin{eqnarray}
f(xn) &=& f(x)f(n) \\
  &=& f(x)= y
\end{eqnarray}
より、 xn\in{f^{-1}(y)}
よって f^{-1}(y)\supset x\textrm{Ker}f
次に f^{-1}(y)\subset x\textrm{Ker}fを示す。
任意の g\in{f^{-1}(y)}に対し
 f(x)=y, f(g)=yより f(x)=f(g)
 f(g^{-1})f(x)=e'  fは準同型なので
 f(g^{-1}x)=e' だから g^{-1}x\in{\textrm{Ker}  f}
よって定理1より g\textrm{Ker}  f = x\textrm{Ker}  f  g\in{g\textrm{Ker}  f}だから
 g\in{x\textrm{Ker}  f}ゆえに
 f^{-1}(y)\subset x\textrm{Ker}f
以上より f^{-1}(y)=x\textrm{Ker}f (証明終)

以上まとめると、準同型写像があったときに \textrm{Im}を用いて全射 \textrm{Ker} を用いて単射にして同型を作るのが準同型定理の意味だということです!

おわりに

ここまで読んでいただきありがとうございました。
私は最初に群論を勉強したときに剰余群でつまづき、準同型定理が何を言っているのかわかりませんでした。
そんなときに受けた代数学の授業で準同型定理の意味を知りとても感動したので、剰余群との繋がりも意識して記事としてまとめた次第です。
今後も代数学に関する記事を書いてみたいと思っています!
何か質問やツッコミがあれば私のTwitter(@mafigure0608)にDMでご連絡お願いします。

参考文献

[1] 雪江明彦. 群論入門 / 雪江明彦著. 東京, 日本評論社, 2010

おまけ

最近メチャクチャ暑いですね。
こんな季節に聴きたくなる曲が乃木坂46の『逃げ水』ですよね。
今まで聴いてきた夏曲の中でもかなり好きなのでぜひ聴いてください。
youtu.be

*1:「左剰余類」があるのでもちろん「右剰余類」もありますが、Hが正規部分群であるときは左剰余類と右剰余類は一致し、この記事の本題となる準同型定理ではそのような場合だけを取り扱うのでこの記事では「剰余類」といったら単に左剰余類のことを指すと考えて大丈夫です。

*2:雪江明彦先生の「代数学1 群論入門」では x^{-1}y\in{H} を同値関係とする商集合として左剰余類を定義していますが、これよりも定義1の方が圧倒的に定義のイメージがしやすいので本記事ではそれを定義として採用しています。定理1と同値類の性質によりどちらを定義にしても問題ないということが保証されます。

*3:普段は「この証明は読者への演習問題とする」にキレている私ですが、自分で記事を書いてみると証明を略したい気持ちがわかりますね。証明は至って簡単で、 x^{-1}y\in{H}のときある h\in{H}を用いて x^{-1}y=hとかけることを利用します。

*4:well-definedは一般には同値類を元とするような写像を考えたときに必要となる概念です。剰余類も同値類の一種なのでwell-definedについて考える必要があります。well-definedを理解するにはまずill-definedな例を調べてみるといいと思います。

*5:単位元はNとなります。

*6:絶対値1の複素数は逆数も絶対値1で、絶対値1の複素数どうしを掛け算しても絶対値は1なので部分群。実数の演算なので可換だから gng^{-1}\in{N}もすぐに言えますね。

*7: G\cong Hのとき、 Hの任意の2つの元は x, y\in{G}を用いて f(x), f(y)と表すことができ、準同型より f(xy)=f(yx)となることから従います。