abがpの倍数ならaまたはbがpの倍数?

もうすっかり寒くなってしまいました。7月に群論の記事を書きましたがそれからもう半年近く経過しているようで、時の流れが早すぎてびっくりします。
今回もサークル企画の一貫として記事を書くことになりました。本日の内容は"環論を使った整数の性質の考察"です。多くの方に読んでいただけると嬉しいです。

本題

本日のテーマは次の命題です。

命題
 a,bを整数、 p素数とする。
このとき、 ab pの倍数ならば aまたはbpの倍数となる。
この記事のタイトルにも使った主張です。
皆さんだったらこの命題をどのように証明しますか?
多分高校生の頃の僕だったら次のように考えます。
証明?
abがpの倍数ってことはabの素因数分解(aとbの素因数分解を合わせたものと同じ)に素数pが出てくるからaの素因数分解かbの素因数分解にpが出てくるのでaまたはbが絶対にpの倍数!
これは正しいことを言っているようで実はめちゃくちゃなんです。
最初の「abがpの倍数ならabの素因数分解にpが現れる」が実は明らかではありません(逆は明らかですが)
a, bがともにq, rという素数だとして単純化しましょう。このときの主張は
 qr pの倍数ならばq=pまたはr=p*1
となりますが、これは"素因数分解の一意性”によって保証されます。
そして素因数分解の一意性の証明に実は最初にあげた命題を使うので、上の説明は循環論法になってしまうのです。

これが命題にちゃんとした証明を与えるべき理由です。これから証明を与えますが、この命題が自明でないということが分かっていただければもう十分です(笑)。素数、約数、素因数分解といった根本的な概念に戻る必要があるので、僕はこの問題意識を理解するのにかなり苦労しました。正直まだ完全に頭の中で繋がっていないような気がするので、上の説明に関して何か質問や補足がありましたらコメント欄かTwitter (@mafigure0608)までお願いします。

証明の方法

命題の証明方法としてはユークリッドの互除法の帰結として初等的に示すのが一般的かと思います。ただ、その方法で証明している記事はおそらくたくさん存在するのでこの記事では整数の集合 Zが環になることを利用して環論を用いた証明を与えます。(結局最後にユークリッドの互除法を使います。)
環論の言葉を使うと命題は (p)が素イデアル」と言い換えることができます
この言い換えを理解するためにこれから環論の概念をいくつか見ていきましょう。

イデアルと素イデアル

まずは環論で非常に重要な概念である"イデアル"の定義を述べます。(環の定義は省略させていただきます)

定義(左イデアル)
 Aを環とし,  I Aの加法に関する部分群とする。 I Aイデアルであるとは、
 A, Iからそれぞれ任意に a, xという元をとってきたとき
 ax\in{I}が成立することである。
"左イデアル"という言葉を使っていますが、 aを右からかけて Iの元になる場合は右イデアルと呼ばれ、 A可換環であれば左イデアルと右イデアルの区別は必要ありません。整数の性質を考えるうえでは環は可換としても差し支えないので、この記事では左イデアルをそのままイデアルと同様に扱います。
ここで、 Aの元 xについて、Aの任意の元をかけたもの全体の集合を (x)で表します。すなわち
 (x)=\{ax | a\in{A}\}
これは xを生成元とする単項イデアルと呼ばれます。
単項イデアルの簡単な例として倍数全体の集合があります。ある素数 pの倍数全体の集合は (p)と書くことができます。

次に素イデアルを定義します。

定義(素イデアル
 Pを環  Aの真のイデアル*2とする。 P Aの素イデアルであるとは以下が成立することである。
Aの元 a, bに対して
 ab\in{P}\Rightarrow a\in{P}または b\in{P}
以上でイデアルと素イデアルを定義しましたが、これらにより最初にあげた命題は
 a, b\in{Z}について ab\in(p)\Rightarrow a\in{(p)}または b\in{p}すなわち

 (p)が素イデアル

と環論の言葉を用いて書き換えることができるのです!興奮してきましたね。

ただ、あるイデアルが素イデアルであることを直接示すのって結構難しいです。*3
そこで素イデアルより強い概念である"極大イデアル"を導入して (p)が素イデアルであることを間接的に示します。

極大イデアル

定義(極大イデアル)
 Mを環  Aの真のイデアルとする。 M Aの極大イデアルであるとは次が成立することである。
 I Aイデアルとするとき M\subsetneq{I}\Rightarrow I=A
すなわち、自分以外の真のイデアルに含まれないということです。
ここで次の定理が成り立つことが極大イデアルの嬉しさです。
定理
極大イデアルは素イデアルである。
非常に申し訳ないのですが記事を出来るだけコンパクト*4にしたいのでこの定理の証明は割愛させていただきます。最後に (p)が極大イデアルであることを証明しましょう。

命題の証明

ここまで環論の知識を使ってきたわけですが、結局最後はユークリッドの互除法から導かれる以下の補題*5を利用します。(ユークリッドの互除法はすごい。)

補題
 a, bを整数とする。このとき gcd(a,b)=1ならば
 ax+by=1の整数解 (x, y)が存在する。
補題の証明は略します。それでは命題の証明をしましょう。まずは (p) Zの極大イデアルであることを示します。
命題の証明
 Iイデアルとして (p)\subsetneq{I}とする。このとき I-(p)\neq\emptysetだから a\in{I-(p)\subset{I}}がとれて、このとき apの倍数でないことと p素数であることから gcd(a,p)=1なので
 ax+py=1を満たす x, y\in{Z}が存在する。ここで p\in{(p)}\subset{I}であり、 Iイデアルであることより ax pyIの元となるから ax+py\in{I}
よって 1\in{I}となるが、 Iイデアルなので結局  I=Z*6となるから (p) Zの極大イデアルである。
そこで定理を使えば (p)は素イデアルとなるから命題が証明できた。(証明終)

おわりに

最後まで読んでいただきありがとうございました!思った以上に必要な概念が多く、証明をかなり省略してしまった部分があったのですが流れだけでも理解していただけると嬉しいです。素因数分解の一意性やユークリッドの互除法って高校生のときは全くありがたみが分からなかったんですが、環論を学んでいるとこれらが使える整数ってすごいんだなってことが分かって感動するので興味ある方はぜひ勉強してみてください。

参考文献

[1] 雪江明彦(2010)代数学2 環と体とガロア理論.日本評論社
[2] 永井保成(2022)講義:代数学序論(早稲田大学理工学術院)

おまけ

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*1:正確には±1倍を考慮する必要があります。

*2:真部分集合かつイデアルということ

*3: (p)が素イデアルであることを環論の知識で直接示す場合はZがPID(単項イデアル整域)であることを示す必要があります。

*4:任意の開被覆が有限部分被覆を持つという意味ではない。

*5:この補題はPIDにおいて一般化されます。

*6:イデアルIに1があるということはAのどんな元を1にかけてもIの元となるということなので結局I=Aとなります。